2009年5月6日水曜日

20年前を振り返ってみる ~ I/O 1989年5月号

先日が10年前だったので・・・

10年前を振り返ってみる ~ ASCII DOS/V ISSUE 1999年5月号

ついでに、20年前もいってみます。



I/O
平成元年5月号
(工学社)



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ずいぶん後になって知ったんですが、アスキー創業者の西和彦って、まず最初に、工学社でI/Oを出して、その後すぐに喧嘩別れか何かがあって、アスキーを作ったんだとか。西氏は、おばあちゃんがお金持ちだったので、お金には困っていなかったとか、なんとか。 (情報ソースは自分の記憶)



岡田斗司夫は、昔、家がお金持ちだったのでいろいろなことができた、とかいう話がありましたが、なんとなく共通点を感じます。他にも、関西出身、年齢が近い、体格(岡田はやせちゃいましたが)、うーん、その程度か。





目次。クリックして拡大表示。



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I/Oは、80年代中ごろは、たくさんの広告が載っていて、ものすごく分厚くて、記事の内容もパワフルでした(私は、内容はほとんど理解できてませんでしたけど)。1989年5月号を見てみると、ページ数も減り、ずいぶんとおとなしくなっています。内容も、昔のような技術系マニア志向ではなく、どっちかというと、新たにパソコンを学び始める人向けに、入門的なやさしい内容を増やしているように感じられました。

その後、I/Oはどんどんと寂しくなっていってしまったようで(私も、90年ころには買わなくなってた)、無くなってしまうかと思ったら、なんとまぁ奇跡のように、2009年5月現在も、生き残っているそうです。



1989年5月ころは、世の中全体で言うと、



  • 1月7日に昭和が終わって、平成元年がスタート


  • 4月1日に消費税が始まった。税率は3%


という感じ。



以下、かなり乱暴な分析ですけど・・・



パソコン業界は、もっぱらホビー用途だった8ビットパソコンがほぼ終焉を迎え、16ビットパソコンがあたりまえのようにビジネス等で使われはじめ、32ビットパソコンも登場しはじめ、NECのPC-9801シリーズがどんどんシェアを広げていったころ。
80年代に始まったOA(オフィス・オートメーション)ブームのころは、BASICとかでプログラムをかけないと、これからサラリーマン、ビジネスマンは生き残れない、みたいな妙なプレッシャーがあったらしいですが、それもだいぶ落ち着いて、パソコンを使っているところでは使ってるし、使っていないところではまだ全然、というような段階だったのではないでしょうか。理系の大学生でも、パソコンを持ってる人は、かなり少なかったです。



個人的には、1989年4月が、生活が大変化した時。これまで一人ぼっちだったのが、いろんな人と出会って、スポンジが水を吸うように、ものすごい勢いで知識を吸収しはじめた年でした。PC-9801シリーズってつまんねーパソコンだと思ってたけど、へぇ~、こんな風に使われてるんだ、みたいな。
20年前の今ごろは、必死になって、MS-DOSの使い方を憶えていました。





まずは広告。



NECの広告ですが、おどろくことに、パソコンの広告がありません。プリンタ、モデム、スキャナといった周辺機器だけです。もうパソコンの天下をとったから十分、と思ってたのか、それとも、I/Oに、広告媒体としての価値を見出していなかったのか・・・



表2・3広告は、レーザープリンタ。他のプリンタに比べて、抜群にきれいな文字で印刷できるレーザープリンタは、あのころあこがれでした。値段も、抜群でしたので、こっそりと借用したりとか・・・ 大学のレポートを、LaTeXで書いてレーザープリンタで印刷すると、そりゃぁもう、何コレ、スゲー!という驚愕のクオリティの高さ!! 内容はそれに追いついてませんでしたが。




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パソコン通信も、だいぶ普及していたころ?私は、お金の問題もあり、まったくやってませんでしたけど。
NECのモデムは、COMSTARというブランド名だったようです。



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スキャナは、64階調、26万色、200dpi程度らしいです。インターフェイスは、RS-232Cが基本で(のろいんだろうなぁ)、SCSIではなく、専用のパラレルインターフェイスがあったり、GP-IBもあったり。
DTP(デスクトップ・パブリッシング)が話題になっていた時期らしく、パソコン、レーザープリンタと、スキャナがあれば、ほーら、こんなのが作れちゃいますよ~と宣伝してたのかも (ソフトは何使ってたんだ?)



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エプソンが出した、PC-9801互換機。そうそう、「国民機」って呼ばれてました。
このPC-286LSは、ラップトップ・タイプというもので、ひざの上にのせて使うには、かなりきついな、くらいのでかさです。CPUは80C286の12MHz、8階調の白黒液晶、ハードディスクは、20メガバイトか、40メガバイト。値段は、478,00円、613,000円、703,000円の3機種があります。



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1989年は、まだハードディスクは値段が高く、広く普及はしていませんでした。一応、売られてはいるんですが、20MBか40MBで、10万円以上があたりまえ、な感じで、普通の人は、まだ手出しできない領域。あのころは、フロッピーディスク2台と、あと、RAMディスクを使ってましたね。





シャープのX68000の広告。通称「ぺけろっぱー」、略称「X68k」。
これは初代X68000、マイナーチェンジしたACEに引き続き、そのまたマイナーチェンジとして1989年春に登場した、X68000 EXPERTとX68000 PROです。
今思えば、性能向上する速度が遅すぎますね・・・昔は、そんなもんでした。



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初代のX68000は、1986年10月2日に東京晴海のエレクトロニクスショウで発表されましたが、店頭で販売されるようになったのは1987年3月ころらしいです。



私が心底欲しいと思った機種がX1で、手に入れたのはX1C、X1turboは欲しかったけど経済的に困難であきらめる(後年、思い出のためにX1turboZを手に入れる)。そんな流れがあるため、X68000は欲しくてしかたないけど、X1turboよりはるかに高額で、50万円超という値段は、どう考えても無理。
・・・ところが、1989年4月に、幸運にも、X68000を使える環境に恵まれ、十分堪能できました。そのうち、だんだんと視野も広がり、PC-9801シリーズや、Macintoshなども使えるようになってくると、X68000はもういいかな、とか思って、結局買いませんでした。買ってたら、今とは違う道を歩いていたかもしれないなぁ。





パソコン欲しい、でも値段が高い、じゃあ・・・ってことで、一部の人が手を出したのが、ポケコン。私も、9800円でPC-1245を買って、いろいろ使ってましたが、やっぱりポケコンの機能や性能には限界がある。



そう思うようになって幾年月。これは!と思ったポケコンが、このPC-E500。



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これ欲しい!でも高いかな? なんて思ってたんですが、なんたる偶然か、これと中身はほぼ同じPC-1480Uを大学生協で、1989年4月に購入。
たぶん、1989年5月のゴールデンウィークは、PC-1480U三昧だったんじゃないかなぁ。ハンドアセンブルしながら、マシン語を必死に覚えていた記憶があります。





富士通のFM-TOWNS。1989年2月28日に発表されたばかりのころ。





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TOWNSは、世界初のCD-ROMドライブを内蔵したパソコンらしいです。「2年遅れでやってきたX68000のモノマネ」みたいな評価がされることがありましたが、私も、FM-TOWNSには、ぜんぜん興味ありませんでしたし、使ったこともないし、見たこともほとんどなかったんで・・・





これも富士通の、FM77 AV40SX。うーん、よくわかりません。80386で32ビットなTOWNSを出しておきながら、まだ8ビットな6809マシンの広告も同時に出してたんですね。よくわかりゃん。
77AVというのがあった、ということまでは憶えてますが、それって、もともとX1turbo対抗機種? みたいな。



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富士通の広告が多いな。今度はFM-Rなんとか。PC-9801対抗機種だと思うんですが、全然魅力がなかったです。ほとんど見かけないのに、なぜか、大学の実験室にゴロゴロたくさんあって、仕方なく使わされたんですが、みんなPC-9801とは違うんで、使いにくそうでした。
この広告に載ってる単語をピックアップしてみると、OS/2、MS-DOS V3.1、F-BASIC86HG2、COBOL/2、Multiplan、1-2-3、FM-OASYS、MS-WINDOWS V2.0、などなど。



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メルコ(現バッファロー)の拡張メモリ。PC-9801シリーズ用。
プロテクトメモリという用語も懐かしいけど、EMSってのも懐かしいなぁ。EMSって1-2-3で必要になったんですね。私は1-2-3って使ったことがないので全然わかりませんが、一太郎Ver.4が、たしかEMSがないとまともに使えない、とかいう感じだったような気がします。一太郎も、ほとんど使ったことがないので、これ以上コメントしようがないです。



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上と、ほとんど同じような拡張メモリが、アイオーデータから。
メルコは「バンク」と呼んでますが、こっちでは「I・Oバンク」と呼んでいる、いわゆる「バンクメモリ方式」というメモリ拡張方式の規格ですが、もともとアイオーデータが作ったもの。だから“標準”と宣伝しているんでしょう。バンクメモリは、128KB単位でメモリを切り替えていたんですが、それよりもよりフレキシブルな方式として出てきたのが、EMSという規格。4KB単位でマッピングできたような気がします。
EMSもバンクメモリも、PC-9801では、メインメモリは640キロバイトまでしか使えない、という「640KBの壁」を克服するために登場した技術(ちなみに、「ハイレゾマシン」は768KBまで使えたような)。大昔は640KBもあれば十分だろう?ということでそんな壁ができちゃったのですが(640KBに決めたのはビルゲイツだとかいう噂がある)、現在は「4GBの壁」ですか。



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キヤノンのバブルジェット・プリンタ。「次世代標準プリンタ BJ-130J新登場」とうたわれています。「次世代」と宣伝されるもので、本当に標準になるものは少ないですが、これは本当にそうなりましたね。
ちなみに、お値段は、198,000円。高い!
それと、「静粛45dB」と宣伝されているんですが、かなりうるさいと思うんですけど・・・
しかし、それまで広く使われていたドットインパクト方式のプリンタは、もっとうるさくて、防音ケースなるものも売られていたようです。



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AIWAのモデム。「MNPクラス5搭載」の「2400/1200/300bps 全二重インテリジェントモデム」だそうで、お値段は54,.800円。
パソコン通信って、ホント、お金持ち限定の趣味だったんじゃないの?!



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ところで、私がインターネットに初めて接したのは1990年。インターネットと呼ばずにJUNETって呼んでて、まだWWWなんてなくて、(Anonymous)
FTPもほとんど無かったし、使ってたのは、電子メールと、ネットニュースのfj.binaries.なんとか、fj.rec.なんとかくらい。インターネットがいったい何の役に立つのか、ぜんぜんわかってませんでした。とはいえ、パソコン通信を知る前に、(大学とかなどで無料で使えてしまう)インターネットを知ってしまったんで、最後まで、パソコン通信に魅力を感じなかったのかも。





実はあんまり知らないんだけど、「OAナガシマ」というパソコンショップの広告を見つけました。
この名前のお店は今でもあるんですけど、どっちかというと、秋葉原にある「ZOA」の系列の店、ってことで覚えています。



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T ZONEの広告。この建物は、今現在、ドンキホーテの隣にある、ツクモの黒い建物でしょうか? T ZONE時代のときに黒い外壁に改装され、屋上にアマチュア無線のアンテナのタワーが建っていたはず。



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この広告は、このIBM PC/AT互換機など、1989年当時としては、かなりマニアックな路線をいってます。





特集記事は、「パソコン・ユーザーのためのミニ・ワープロ入門」。



ワープロ専用機と言っても、16ビットCPU搭載(NECのV20、V40など)、フロッピーディスク、液晶ディスプレイを内蔵していて、RS-232Cでパソコン通信もできたりと、パソコンと遜色ないスペックでありつつ、値段が安いので、そういったワープロを、パソコン・ユーザー向けにわかりやすく紹介しましょう、というものでした。



そういえば、当時、NECの文豪は、CP/Mが使えてすごい!と、一部で話題になってました。私はぜんぜん興味なかったんですが・・・



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ソニーからは「プロデュース」っていうワープロが出てたんですね。へー、知りませんでした。ソニーとワープロって、イメージが結びつかないなぁ。





I/Oといえば、プログラムのリストが何ページ、何十ページも掲載されている雑誌、というイメージがありましたが、1989年となると、ちょっと毛色が変わってきているようです。



カラーページに、BASICのリストが載ってる。もったいない!?
というか、昔は、もっと文字が小さかったはず。



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それにしても、頭が混乱させられる、典型的なスパゲッティ・コードじゃないですかね、これは。
BASICじゃ、こうなっちゃうのかなぁ・・・あーもう忘れた[E:coldsweats01]





一応、ダンプリストも載ってます。この部分は明らかに、プログラムではなくデータですね。



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そして、すっかすかな、アセンブラのリストも掲載。空いたところにイラストが載ってたり。



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こういうのを見ると、実は、ページ数を埋めるだけの原稿がない、という状況だったんではないかと、推測してしまいます。



また、冒頭で書いたように、パソコンというものがある程度一般化した当時、新たにパソコンで、プログラミングなどの学習をしようとする人向けにと、ビギナー向けの記事を増やそうという編集方針にしてたんじゃないか、と思えるふしもあります。ビギナーと言っても、その時代で考えられているビギナーなのでありまして、Windows95年以降のパソコンブーム時期のビギナーと比較したら、かなりハードルは高め。「本気でパソコンを使いこなす技術者になるつもりのビギナー」って感じです。





I/Oといえば、欄外の「I/Oプラザ」。読者からの投稿欄です。2ヶ月おくれで議論を続けてたりもして、今思えば、なんとも気の長い話です。パソコン通信というメディアが登場し、同じ趣味を持つ人同士が手軽にコミュニケーションできるようになったとはいえ、私のように、やっぱりパソコン通信はいろんな事情で無理、ということもまだまだあったでしょう。マイコン/パソコン創生期は、雑誌というのは、そういう情報交換のメディアとして、大切な役割を担ってきたんでしょうね。I/Oプラザは、気軽に参加できるコミュニケーションの場、という位置付けだったと思われます。



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このほかにも、マイコン・クラブ、パソコンの同好会、サークルみたいなもの? の会員募集のページがありました。





インテルの「64ビット・マイクロプロセッサi860」の記事。ちょうど発表されたばっかのときだったようです。よく知らないんですが、のちに、i860は、まったく成功しなかった駄作、という評価がされたみたいです。



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ハードウェアの製作記事も、まだ載ってました。これも、昔よりはレベルが低めになっているような気がします。



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海外情報の記事もあります。今読んでみると、かなり時代を感じさせる単語が並んでいます。



  • 昭和天皇の大喪の礼


  • 西ドイツのハッカーがNASAのコンピュータに侵入して、西側の機密データを、ソ連に売った


  • テトリス


そうだ、そうだ、あのころ、ファミコンで、テトリスをやりまくってました [E:happy01]



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「マイコン学入門」という記事、FM-7の歴史を振り返っています。たったの2ページですが、へーなるほど、と思わせることが書かれています。右下のコラムも興味深く、パソコンの広告にタレントが登場するようになったのが、FM-7のタモリのころからで、それが、パソコンが大衆製品化し、パソコン市場が成長してきたことも象徴し、そして、宣伝力がものをいう時代に入った、といったことが論じられています。
なかなかよい視点だと思いますが、似たような内容の話を、AhSki!でも見たことがあったような・・・ その雑誌、あるはずなので、せっかくの機会なので、今、調べました。

月刊アスキー別冊 コンピュータパロディ総合誌
年刊AhSKI! ASCII パロディー版
昭和62年4月1日発行

の中にある、

近代プログラマのタ(た)
ニホン語,得意/富士通FMRシリーズ・イメージガールの知られざる素顔

という記事で、「パソコン・イメージキャラクターのなぜ」という章がありました。ただ、こっちでは、パソコンが商業主義化していったことを指摘するような内容は出ていませんでした。



なお、初めてパソコン・キャラクターが登場したのは、「沖電気System9の獅子てんや瀬戸わんや」だそうです。・・・わからん [E:gawk]



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C言語の入門記事も載ってました。ソースリストを見ると、まるでBASICみたいなコードがかかれているんで、ギョっとしましたが。



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私も、このころ、いや1990年以降かな、PC-9801VMとTurboCで、C言語の勉強をはじめてました。





BASICの入門記事も、あったり。今さらBASIC~?という時代だったとは思いますけど、中学だか高校で教えるようになってたんでしたっけ?



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新製品紹介のコーナー。



ロジテックの「垂直磁化方式ディスク・ユニット」なるもの。3.5インチ2ED/2HD/2DD対応で、垂直磁化方式だと、2.95MBを実現、とか・・・そんなのあったの?



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下は、5.25インチの光磁気ディスク。NeXTとかでも採用してたっけ?



5インチの光磁気ディスクは、ホコリを吸い込んでしまって、すぐにダメになってしまうので、スロット部分にガムテープが貼られて、メディアが交換できなくされているドライブをときどき見かけました。





東芝から、3.5インチで4MBの容量のフロッピーディスクだそうです。そんなのあったっけ?



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あったね、TRON。なぜか、マイクロプロセッサまでも日本国内メーカーで開発しようとしちゃって・・・



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関東マイコンファンの買い物ガイド 「あきはばら地図(マップ)」



今ほどパソコンショップがない時代、こういったショッピングガイド的な記事(読者からの投稿)は、とても貴重な情報源だったんでしょう。インターネットになった時代でも、こういう情報は、とてもよく参考にされていますよね。



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秋葉原のほかに、日本橋、函館、仙台(「福岡」と誤植されてる)、酒田(どこ?)、大須、福岡、金沢、広島、宇部が掲載されていました。



秋葉原の地図(クリックして拡大)
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記事では「ソフマップ」が紹介されているのに、上の地図では、ソフマップが載ってないんだよなぁ。



あと、広告ページに、「マップジャパン」というショップの広告が6ページも掲載されてるんだけど、これ、どうみてもソフマップだよなぁ。記載されている電話番号も、その後ソフマップになってるんだけど。



これって、いわゆる大人の事情? 





というわけで、今回は、20年前を振り返ってみました。



30年前の雑誌は持ってないので、振り返れません・・・





2009年5月5日火曜日

そういえば、みどりの日

そういえば、今日は、みどりの日。とくに何かをするといった予定もなく・・・



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北を示すランドマークの富士山ですが、ここ連日、霞んでいることが多いです。



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夕方の散歩のときには、もう雲の中に隠れてしまいました。



富士山が見えなくても、地形の感じから、どっちが北かは、けっこうわかるような気がします。







2009年5月4日月曜日

10年前を振り返ってみる ~ ASCII DOS/V ISSUE 1999年5月号

例のごとく、ネタ切れです。



10年、一昔。



ITという意味不明な用語が使われだしたのは、だいたい10年前のことでしょうか。今では死語となったドッグイヤーなんて言葉もよく使われていましたが、パソコンの世界も、10年前は、相当の大昔ということに。



未曾有の経済危機といわれる現在。前回の危機はITバブルの崩壊でしたが、10年前といえば、そのITバブルよりも前のことですか・・・。



というわけで、たまたま目に付く場所にあった、10年前のパソコン雑誌をパラパラと眺めてみました。



ASCII DOS/V ISSUE
1999年5月号



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アスキーという会社も、すでに消滅してしまった・・・今残っているのは昔のとはほとんど無関係のものらしいです。10年前に、まさかこんなことになるとは、想像も・・・できていたような気もします[E:coldsweats01]



日本がバブル経済真っ只だったとき、どこよりも先に、会社が傾きはじめてました。常に時代の先端を進み続けてきた会社だったような気がします[E:coldsweats01]



1992年くらいのことだったと思いますが、某所で、創業者の西和彦社長(当時)がやってきてマルチメディアがどーのこーのという話をしていて、

「あいつ(ソフトバンクの孫)、いつもマネばっかするんでキライなんだよな・・・」

と漏らしていたのを聞いたことがあります。





ソニーのVAIO 505の広告。昔はこのVAIOが大人気でしたね。







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光磁気ディスク。MO。ほとんど日本国内でしか使われていなかった、とかいう話もありましたが、一部の業界では、もうデファクトスタンダードのようになってましたっけ。



その末期にでた、容量1.3GBの「ギガモ」。私自身、230MB MOドライブは買って使ってましたが、ギガモは、当時、なんか微妙な容量だな、何を今さら、と思ってました。



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あのころSOTECは元気でした。今でもまだSOTECの名前は残ってはいますが・・・



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ゲートウェイ。ありました。いや、今もあることはありますか・・・。
Windows 3.1、Pentium 60MHzくらいのころは、あの牛模様のダンボール、憧れのブランドでした。



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akia・・・なんかそういうのありましたね。Wikipediaを見たら、創業者は、のちにバイデザインを作ったとのこと。あー、昔、バイデザインってありましたね。うーん。



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よく知りませんが、フロンティア神代は今でもありますね。漢字の読み方が憶えられません。



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あー、昔ありましたね、DVD-RAMっての。・・・今でもありますか?
「もう迷わせない。」・・・いや、アンタが迷わせたんでしょ?!みたいな。
実際のところ、当時はまだ書き換え可能なDVD-Rなども出てなかったし、そもそも、DVDさえもぜんぜん、という時期なので、「DVD+-ナントカ」混乱時代の夜明け前でしたか。
DVD-RAM以前には、松下から、PDってのが出てましたねぇ。



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すっかり忘れてたんですが、エプソンって、デジカメ出してたんですよね。下の4人組は、スピード?



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ZIPというのが、そういえばありましたね・・・
昔、秋葉原で、外国人の方がZIPのメディアを買えなくて困っているのを目撃したことがあります。



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ヤマハのCD-Rドライブ。そういえば、ヤマハ製のがありましたっけ。
先にも書いたように、このころはまだDVD普及前の、CD-Rな時代。



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プレクスターのCD-Rドライブ。昔は、一目置かれたブランド品でしたっけ。私も1台、持ってました。



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知る人ぞ知るっていうかんじだと思いますが、私の地元の企業、「お湯はパーパス」こと、高木産業が、なぜかパソコンを売ってました。湯沸し器とか作ってる会社でした。



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プラネックスの8ポート10/100Mスイッチングハブが、25,800円。そんな値段でしたか。今だと1500円くらい?



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「'98年がUSB元年」とかかれていたんですが、そういえば、パソコンにUSBのポートがつくようになったけど、Windowsでサポートされていなくてまともに使えない、という時期が数年続いていました。Windows 98でやっと使えるようになった(でもちょっと怪しい)という感じでしたっけ。
ちなみに、調べてみたところ、ハンドメイド・メイは2000年7月らしいです。





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interQってのがありましたっけ。もうダイアルアップ接続なんか古いよね、と思われる最後のころに生き残っていたサービス?みたいな。
それ以前には、AOLってのが100時間無料をうたったCD-ROMを配りまくってました。私も無料の分だけ使ったことがあります。やめるときには、電話で、やめる理由を言わなくちゃいけなかったんですが、「Linuxで使えないからやめます」と言ったことを今でも憶えています。
プロバイダのCD-ROMは、パソコンなんか絶対に無縁だと思われる家庭にて、カラスよけによく使われていました。



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「ザウルス アイゲッティ」 あー[E:sign03]そんなのありました。欲しかったけど、結局、買いませんでした。




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「次世代プレイステーション」の記事。「プレステ2」はまだ発表もされていないころでした。



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「B5サイズ・ハンドヘルドPC」とよばれているものたち。現在でも、UMPC(ウルトラ・モバイルPC)という名称で、人気がありますね。しかし、UMPCは、この当時からの血筋を引き継いではいませんが。



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PDAとか呼ばれてたものたち。Windows CEとか、Palm。当時は、ザウルスが圧倒的なシェアを握っていたんだとか。
IBMのWorkPadってありましたね~。のちに、ケースなしの中身だけが980円くらいで売られていて、買いました。3時間で飽きました。
E-500ってのは、当時、欲しかったような気がするけど、買いませんでした。
現在だと、iPhone?これもまた、当時からの血筋はぜんぜん引き継いでいません。



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一部で熱狂的なファンがいたらしい、BeOS。
私は、これのどこがいいのか、ぜんぜんわかりませんでした。



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「21世紀のテレビ」という連載記事がありました。当時は、まだ、液晶テレビはなかったようです。BSデジタル放送も始まってないし、地上デジタル放送もまだいつ始まるのかもわかんない、そんなころ。
そんなころ、なんですが、この記事では、I/P変換(インターレース/プログレッシブ変換)の話もあったり。ゴーストリダクション処理の解説もありましたが、そっちはデジタル放送で要らなくなっちゃいましたか。



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(2009/05/04 思い出したので補足) 液晶テレビは、電池で動く携帯型のテレビが昔からありました。近年主流の、大画面薄型テレビ、というのは無かったです。ちなみに、パソコンの液晶ディスプレイは、17インチが10万円前後くらいのようで、まだCRT(ブラウン管)が主流でした。





無線LANが、当時すでにあったんですね。802.11bよりも前のものらしく、まだまだ手出しするのは不安、というレベルだったのかも。





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1999年5月。あのころは、まだまだISDNが元気でした。
私も、このMN128-SOHO SL11を、1999年12月から使ってました。



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UltraATAという呼び方自体懐かしいですが、66MB/秒なATAのハードディスクが、このころから出てきたようです。
今のシリアルATAのハードディスクを当時の人に見せたら、どう思うんだろう?



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CPUアクセラレータ。こういう製品、ありました。購入してから年数がたち、だんだん性能不足になってきたメーカー製PCで、CPUを交換して、延命させるような目的のもの。今じゃ、買い換えた方がいい、という時代ですか?それとも、性能にはとくに不満もない、という時代?



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「だんご3兄弟」



あー、このころだったんですか。



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ハードディスクが、10ギガバイトで2万円の時代になりました、と書いてありました。今では、1TBで7000円ですか。



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当時のPCのパーツは、どんなだったのか?



まずCPU。



インテルは、PentiumIII 500MHz、Slot1(ファミコン・カセットみたいなやつ)が最新で、79,800円。Celeron 300Aが7,780円。Celeron 300Aは、オーバークロックしやすい、とか2個のせてデュアルにできる、とか話題になったりとかありました。Slot1のほかに、Socket 370もすでにあったようです。



AMDは、K6-III 400MHzが37,800円で登場した直後。K6-2 450MHzが、24,800円。Socket7ですね。あー、そんなのありましたっけ。



Cyrix M IIもまだあったようです。Cyrix M II 366 GPが8,780円。



ハードディスク。先に書いたように、10GB 2万円時代だそうで、25GBのものが75,800円となってました。SCSIも、まだまだ使われていたようです。U2とかUWとか表記があって懐かしい、



CD-ROMドライブ。ATAPI 50倍速とか、速度競争がつづいていた時代らしいです。8,800円とか。



CD-Rドライブは、SCSIで、24,800円~という感じ。



DVD-ROMドライブは、ATAPI 第3世代と書いてあって、これって何だっけ?という感じですが、15,800円とか。



MOドライブは、すでに衰退していて、メーカーは富士通だけ。1.3GB対応、SCSIの内蔵ドライブで69,800円。



マザーボードは、440BXが全盛のようです。15,000円前後のものが多く、値段は今とあまり変化ないようです。



変なモノとしては、Socket 370アダプタ 1,980円ってのが載っていて、これ、いわゆる「ゲタ」というやつ。Socket 370のCPUを、Slot1のマザーボードで使えるようにする変換ボードです。私も、ジャンクで1個買って、まだ持ってます。



ビデオカード。nVIDIAがRIVA TNT。ATIはRage 128。今では懐かしい、Matrox MGA-G200とか、3dfxのVoodoo Banshee、Number Nineなんてのも載ってました。



サウンドカードは、Creative Live!のバルク品が8,980円とか、それくらいしか載ってませんでした。このころは、まだサウンド機能なしのマザーボードがたくさんあったと思います。





変なもの。SuperDiskです。ぜんぜん普及しませんでした。私は、見たこともないです。10MB書き込むのに40秒かかるとか、かなり微妙な性能。



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付属のCD-ROMの内容。あのころは、ブロードバンドなんてまだまだ夢のころでしたから、こういう雑誌付属のCD-ROMにお世話になる人も多かったんじゃないかと思われます。



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個人的に気になったもの、そういう時代だったんだと感じるもの。



  • Internet Explorer 5.0。これが最新でした。


  • Netscape Communicator 4.51日本語版。まだ元気でした[E:happy01] まだMozillaの前ですか。


  • Windows 98 西暦2000年問題修正プログラム。言われてましたね~W2K問題。結局、拍子抜け?


  • Visual J++ 6.0日本語版 評価版。 昔は、マイクロソフトもJavaをやってました。


  • PostPet Ver.2.0 お試し版。 はじめてPostPetを使ったとき、「なんだお試しか」というメールが届いて、ちょっとムッときました。


  • ポイントキャストネットワーク 2.6日本語版。 使ってました。プッシュ型とかプル型とか、変な分類で批評されることがあり、これからはプッシュ型だ、とか騒がれていて、そのうちすぐに消えてなくなりました。究極のプッシュ型は、ネットニュースだと思うのですが、ネットニュースも今はほぼ絶滅ですか。1999年ころはまだ使ってました。


  • Acrobat Reader。 もうありましたか。


  • QuickTime 3.0.2日本語版。 今では何のためにインストールされているのかわからない、単に定期的にセキュリティホールを供給してくれる厄介物、という感じでしょうか[E:coldsweats01]


  • LHA (DOS版) うーん・・・




たったの10年前ですが、今とは、全然、違ってました。
そのほかで、たとえば、デジカメは、まだ200万画素の時代だったようです。
デスクトップパソコンは、ミニタワー型の不細工なデザインが多く、値段も、10万円ならかなり安い方。「1000ドルPC」が騒がれていたころでしょうか。見つけた中で一番安いのが、49,800円といのがマウスコンピューター(今でもある!)から出てて、CPUがCyrix M II 300、メモリ32MB、HDD 2.1GB・・・そんなの、いらねー!
ノートパソコンは、25~35万円が中心だったようです。
インテル互換CPUメーカーも何社かあって、AMDがK6がヒットした後で他よりも一歩リード、という感じだったんでしょうか。
今ではなくなってしまったメーカーもたくさん。栄枯盛衰?みたいな。



10年後、いったいどうなってるんでしょうか。日本のパソコンメーカーは無くなってる、とかありえそう・・・








2009年5月3日日曜日

DECOチョコ

以前、「すがやみつるblog」で知ったんですが、DECOチョコというのがあるそうです。

DECOチョコのウェブサイト
http://www.decocho.com/

にて、写真をアップロードして、ちょこ[E:coldsweats01]っと編集して、注文します。



注文するときにウェブブラウザ上でできるのは、画像の縮小とか位置合わせ、文字を入れたり、など簡単なことだけなので、事前に、ある程度までパソコンの画像編集ソフトで加工しておいてから、アップロードするのがよいですね。



写真は、1枚だけで全種類同じにするか、3枚で3種類か、どちらか選べます。



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しばらくすると、DECOチョコが宅急便で送られてきます。今回は、約1週間かかりました。時期によっては、注文が多くて、日数がかかるかもしれません。



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はい、チロルチョコなんです。1箱45個入り。1箱単位で注文できるようになっていて、1箱あたり、税抜き2250円。



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チロルチョコなんですが、世界でこれだけ、オリジナルの図柄になってるという~[E:happy02]



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チョコと同時に、マグネットと、ストラップも注文してみました。マグネットは100円。ストラップは200円。



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チョコの包装紙をはがして、マグネットとストラップに、巻いてみると、ハイ、できあがり。



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余分な包装紙はついてこないので、はがすときには、きれいに丁寧にやってね、と。





このDECOチョコ。



手ごろな値段で、かなり気の利いたオリジナルの記念品が作れちゃって、これはいいですね。



プレゼント用に1箱と、あと自分用に、2~3個手元に残しておきたい、とか思うんですが、残念ながら1箱45個単位でしか、注文できないんです。






2009年5月2日土曜日

神田明神

書くネタもないので、久しぶりに、いまさら東京観光シリーズ そんなのあったのか?



秋葉原にはたまに行くことはありますが、すぐ近く、あのへんにあるんだろうなぁ、と思うくらいで、一度も行ったことがなかったところ。それが神田明神。




大きな地図で見る



29日に秋葉原まで行く用事があったのですが、ちょっと待ち時間ができてしまったので、神田明神まで、行ってみました。



そういえば、もうすぐ神田祭ですね。



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奥の方で、結婚式やってました。



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なんとなく巨人の星を思い起こすもの。



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うん



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どことなく「シェー!」な銭形平次。この近所に住んでるという設定だったんですね。



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というわけで、はじめて行ってみた神田明神。 わりと、こじんまりしてるかも。
これも東京なんだ、っていう感じがしました。



例によって、自転車で行ったんですが、この周辺は、聞いたことのある場所や地名がたくさんあって、自転車で回ってみると面白いかもしれません。





2009年5月1日金曜日

例のCD

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4月29日リリースの例のCD、たまたま別件で秋葉原で行ったので、ついでに買ってきました。



んー、まあ、それっぽいというか・・・。いつもと同じというか・・・。



何か変化があるかも、と勝手に期待しすぎていたところが大きかったかも。