2007年6月13日水曜日

TOMY 16BIT GRAPHIC COMPUTER ぴゅう太

ぴゅう太 (トミー)



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正直に告白すると、個人的には、これって忘れたい過去、いわゆる黒歴史ってやつ?だったんですが、初心を忘れてはいけないってことで、これが本当の私の原点・・・てゆーか、原点よりも手前の、負の領域?!



でも、やっぱり、これが原点かなぁ。たしかに、いろいろな経験をしました。たくさん学びました。うん、たしかに、初心は大切にしないといけないですね。





おもちゃ会社のトミーから発売された、当時としてはまだめずらしかった16ビットコンピューター ~~~どのへんが16ビットなのか、16ビットだからどこがすごいのか、まったくわからなかった、いや今でもわからないのですが~~~ それが「ぴゅう太

すがやみつる大先生のマンガで、パソコンに興味を持ち、いや、あのころはマイコンって言ってたな、どうしてもマイコンが欲しい!! やっぱりNECのPC-6001かな、とか。

嗚呼、あのころはあまりにも無知でした。何も知りませんでした。
どういうわけか、誕生日プレゼント&クリスマスプレゼントとして、ぴゅう太を買ってもらいました・・・小学6年生の12月のことでした。



本体 上側から。右上には、ROMカートリッジをさすスロットがあります。



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後ろ側。拡張用I/Oポートとか(私には無用でした)、ジョイコントローラ端子、カセットテープレコーダ用の端子、オーディオ出力、ビデオ出力、RF出力など。



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キーボードは、いわゆる消しゴムキーボード。




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ジョイコントローラ。丸い部分は、べつに回ったりしません。単に、押すだけ。



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RFコンバータ。今じゃもう使いませんねぇ。



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形名 TP1000
定格電圧 100V
定格消費電力 14W
定格周波数 50/60Hz
製造番号 ホゲホゲ
発売元: 株式会社トミー
製造元: トミー工業株式会社



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マニュアルもちゃんとあります。ぴゅう太 OPERATION MANUAL



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マニュアルの裏表紙。



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マニュアルの奥付。1800円だったのですか。書店では売ってなさそうですけど。



発行 昭和57年8月20日
制作 株式会社トミー パソコン事業部
発行者 株式会社トミー



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例によって、箱もちゃんと残っています。



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ROMカートリッジで、ゲームソフトが供給されていました。



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任天堂のファミリーコンピュータのカセットに似てますが、ぴゅう太はファミコンよりも前に発売されましたです。ウィキペディアによれば、ファミコンは、1983年(昭和58年)7月15日らしいです。



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保証書も残ってました。



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「お便り欄」が、なんだかほのぼのしています。



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データをカセットテープに記録するのですが、「うまく対応しない場合が多くあります」と、わりとどうどうと、不具合っぽい症状が「ご注意」として明言されています。



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ええ、そうでした。ラジカセしか持ってませんでしたが、何度やっても、データの保存(セーブ)に成功したことがありませんでした。



ひょっとして故障してるのかなぁ? とも思ったり。



あのころテレビで(水曜スペシャルとか木曜スペシャルとかそんなやつ)、ユリゲラーがでた特番があって、壊れた腕時計など、壊れた機械をテレビの前に用意してまっててください。私がパワーをおくります~~~みたいなかんじのがあったのですが、私は、ぴゅう太を抱いて、テレビを見てましたよ。ああ、今でもそのことは覚えています・・・



後に、パソコン用のデータレコーダを買ったのですが、それを使って、はじめてセーブできました。ところが、どんな短いプログラムだろうが、メモリめいっぱい使ったプログラムだろうが、かならず、セーブに10分以上かかるという、それってなんだかなぁ~なものでした。





・・・ (いつになるかわかりませんが) つづく ・・・







おまけ



消しゴムキーボードといえば、ナショナルJR-100



後継機種のJR-200の広告なら、手元にありました。ちっちゃくJR-100ものってます。



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■ 過去記事







1 件のコメント:

  1. マイケル村田2012年11月26日 2:18

    トミーはその後、ぴゅう太の廉価版「ぴゅう太.jr」やマイナーチェンジ版の「ぴゅう太.Mk.2」を発売して任天堂やSEGAに対抗しようとしましたが、任天堂やSEGAに勝てる力はなく遭えなく撤退を余儀なくされます。 この時代の16bitゲーム機は「インテレビジョン」と「ぴゅう太」で一旦、途絶えます。 1988年、SEGAがセガ・マーク3/マスターシステム(セガ・マーク4)の後継機、「セガ・マークV改めてメガドライブ」を発売。上記のぴゅう太やインテレビジョンと同様、16bitのCPUを搭載しているがその性能はぴゅう太やインテレビジョンを上回る程のグラフィックで、付属しているコントロールパッドは3ボタンパッド。北米ではGENESISという名で発売され、爆発的な売り上げを獲得した。それに対し任天堂は1990年にスーパーファミコンを発売、SEGAは任天堂へ対抗するため「ソニック・ザ・ヘッジホッグシリーズ」を発売させたり、CD-ROMドライブ「メガCD」やメガドライブを無理やり32bitゲーム機にする「スーパー32X」を発売させる展開を見せ付けた。

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